Parody Short Story／古畑拓三郎

コンサート会場入口

世界的に高名なコンダクター・稲垣、コンサート会場に到着する。

稲垣、手に大きなバッグを抱えている。

青年、ファンの人垣から稲垣に声をかけ、握手を求める。

稲垣、彼の手を無視し会場内へ消えていく。

稲垣の控え室

くつろぐ稲垣。

稲垣の指揮するスマスマフィルハーモニーのヴァイオリニスト・中居が訪れる。

中居

「いい加減、腹をくくれ」

稲垣、黙っている。

中居

「辞めろ」

稲垣

「辞めるつもりはない」

中居

「いつまでも過去の栄光にしがみついて、どうするんだ。はっきり言わしてもらう。おまえは、指揮者としてもう終わりだ。タクトを振るべきじゃない」

稲垣、その言葉に目を閉じる。

会場の外

青年、窓から会場内に忍び込もうとしている。

警備員

「おい、そこで何をやってるんだ！」

青年、その場を逃げ去る。

稲垣の控え室

稲垣と中居の話し合いは物別れに終わる。

中居、部屋を出て行く。

稲垣、手袋をはめ、持参した鞄の中から一枚の色紙、そして封筒を取り出し、テーブルの上に置く。

ロビー

古畑拓三郎（ふるはたけ・たくさぶろう）と草泉慎太郎（くさいずみ・しんたろう）が受付でもめている。

受付嬢

「ですから、今日はスマスマフィルハーモニーのコンサートが、六時から行われることになってます」

拓三郎

「今日は北島三郎ショーじゃ無いの？チケットだってちゃんと持ってきてるんだよ？なんでサブちゃん来てないの？」

受付嬢

「そう言われましても」

拓三郎

「草泉くん」

草泉

「ホラ、見てくれよ。日付が今日になってるぞ。３０日って」

草泉、チケットを指さす。

受付嬢

「あ、これ先月の３０日ですね。とっくに終わってます」

受付嬢、チケットを拓三郎に返す。

受付嬢

「どちらでお求めに？」

拓三郎

「どこで買ったの、これ」

草泉

「隣のおばさんにもらった」

拓三郎、呆れてチケットを草泉に突き返す。

草泉

「チクショウ！これくれるって言ったから俺は子供の面倒みてやったんだ…」

拓三郎、草泉のデコをはたいて立ち去る。

草泉

「ちょっとおー！」

稲垣の控え室

ノックの音。

稲垣、ドアを開ける。

先程の青年が立っている。

稲垣

「やあ、入って」

稲垣、青年を中に招く。

稲垣

「まあ座って」

青年、嬉しそうに控え室に入る。

稲垣

「いつもコンサート来てくれるよね。顔覚えちゃったよ」

青年、嬉しそうに控え室を見回す。

稲垣

「座って。どうぞ」

稲垣、青年にコーヒーを勧める。

稲垣、手袋をしたままテーブルの上の色紙を取り上げる。

色紙の上に乗せてあった封筒が床に落ちる。

青年、それを拾い上げ稲垣に渡す。

稲垣

「ありがとう」

稲垣、ペンを手に取り色紙にサインをして青年にプレゼントする。

青年、一瞬躊躇いながらも嬉しそうにそれを受け取る。

稲垣

「あ、そうだ、これもあげよう。モアイ像」

稲垣、キャビネットに飾ってあるモアイ像を青年に差し出す。

青年、嬉しそうにそれを受け取る。

稲垣

「あ、それは駄目だ。妹にあげる約束してたんだ。申し訳ない。返して」

稲垣、青年からモアイ像を取り上げる。

青年、悲しそう。

稲垣

「じゃあね、替わりにこれ上げよう」

稲垣、スーツのポケットからペンを取り出す。

稲垣

「エッチボールペン。ほら」

稲垣、ボールペンを逆さにしてみせる。

ボールペンに描かれた女性が裸になる。

青年、嬉しそう。

稲垣

「持っていきなさい」

稲垣、ボールペンを青年に渡す。

稲垣

「じゃあ、コンサートが終わるまで自分の部屋と思って使っていいから。ゆっくりしていきなさい」

稲垣、モアイ像を持ったまま部屋を出る。

青年、ボールペンを逆さにする。嬉しそう。

開演前のステージ

中居、誰もいないステージに物憂げな表情で佇んでいる。

稲垣、中居のそばにやって来る。

稲垣

「決心ついたよ。他に方法はないようだ」

中居

「つらい決断かも知れないが、 長い目で見れば、絶対に悪いことじゃない」

稲垣

「悪いが、辞めるつもりはない」

中居、稲垣の言葉にゆっくり振り向く。

稲垣

「残念だったよ、君のヴァイオリンは最高だった」

稲垣、左手に持っていたモアイ像を振り上げる。

中居

「マエストロ…」

稲垣、モアイ像を振り下ろす。倒れる中居。

稲垣、モアイ像を何度も中居に振り下ろす。

ぐったりする中居。

稲垣、モアイ像で自らの左側頭部を一発殴る。

リハーサルに来た楽団員、血まみれの稲垣を発見する。

楽団員

「マエストロ！」

稲垣

「警察を・・・」

稲垣の控え室

青年、まだエッチボールペンに夢中になっている。

パトカーのサイレンが鳴り響く。

青年、慌てて控え室から飛び出す。

ステージの上

草泉たち、現場検証をしている

拓三郎、ピアノで『与作』を弾いている。指一本で。

草泉

「古畑さん、よろしいですか？」

拓三郎

「どうぞ、なに？」

草泉

「被害者は、二人とも頭を殴られてます。一人はかなり何度もやられて、こっちは既に死んでいました。もうひとりの方はたいした怪我ではありません」

拓三郎

「凶器は？」

草泉

「モアイです。おい斎藤」

拓三郎

「モアイ？」

鑑識の斎藤、モアイ像を持ってくる。

草泉

「被害者の血痕がついてました」

拓三郎、眉をひそめる。

草泉

「何か」

拓三郎

「いや犯人ね、どうやってこんなもの持ち込んだんだろう」

草泉

「ポケットの中に入れて持ち込んだんじゃないでしょうか」

拓三郎

「君、こんな大きなポケット見たことあるの？僕、見たことないよ。これどうやって入るの？」

草泉

「古畑さん、こっちは鑑識の斎藤さんです。凶器はこっち」

拓三郎

「こっち？」

草泉

「はい」

拓三郎

「はやく言わないとダメだよ」

拓三郎、草泉のデコをはたく。

拓三郎

「（斎藤に）すいません失礼しました。じゃあこれ、指紋をお願いします」

草泉

「おいキミ、モアイの指紋とってくれ」

指紋係、斎藤の顔に粉を叩きつける。

斎藤

「あのな」

草泉

「キミキミ、こっちだよ、こっち」

斎藤

「同じ職場だろ？」

指紋係

「すいません」

拓三郎

「その気持ちよくわかります」

稲垣の控え室

稲垣、タオルで頭を冷やしている。

ノックの音。

稲垣

「どうぞ」

拓三郎

「失礼します」

拓三郎、稲垣の鞄にけつまづく。

拓三郎

「ごめんなさい、蹴っちゃいました。すいません。こちらに置かせて・・・あ、重いですね」

拓三郎、稲垣の鞄を持ち上げ、部屋の隅に置く。

拓三郎

「よろしいでしょうか」

稲垣

「どうぞ座ってください」

拓三郎

「すいません。あー、稲垣さんですよね？」

稲垣

「ええ」

拓三郎

「やっぱりそうだ。こんな有名な方にお会いできると思ってもみませんでした。光栄です」

草泉

「光栄です」

拓三郎

「いつもテレビで拝見させてもらってます、音楽番組で。あ、すいません失礼しました、古畑と申します」

稲垣

「どうもはじめまして」

拓三郎、稲垣と握手する。

草泉

「あ、いいなあ」

草泉、自分も稲垣と握手しようと手を伸ばす。

拓三郎、草泉を引き戻す。

拓三郎

「先生の楽団のＣＤも何枚も持ってます。まさに国際的な人気者です」

稲垣

「そうですか。僕の音楽に国境はないですからね」

拓三郎

「素晴らしい言葉ですね。『音楽に国境はない』」

稲垣、まんざらでもない表情。

拓三郎

「いや、しかし、このたびはえらいことになりましたねえ。お察しします」

稲垣

「いきなりやられましたよ」

拓三郎

「なにか楽団に恨みを持っているような方、心当たりあります？」

稲垣

「そうだ。これを見て下さい」

稲垣、一通の封筒を取り出す。

拓三郎

「これは？」

稲垣

「今朝、うちのマンションの郵便受けに」

草泉

「ラブレター？」

拓三郎、封筒で草泉のデコをはたく。

拓三郎

「よろしいでしょうか？」

うなずく稲垣。

拓三郎

「これ、きっと脅迫状ですね」

拓三郎、封筒から一枚の紙を取り出す。

そこには新聞の切り抜き文字で「必ず殺すファンより」と綴られている。

稲垣

「いるんですよ。熱烈な信者が」

拓三郎

「お会いになったんですか」

稲垣

「ええ」

拓三郎

「草泉くん、これ、指紋お願い」

拓三郎、脅迫状を草泉に手渡す。

稲垣

「前に、楽屋の前で待ち伏せしててね」

拓三郎

「お話しは？」

稲垣

「ええ。自分の誕生日に演奏会を開いてくれって」

拓三郎

「んふふふ」

稲垣

「それで断わったんです」

拓三郎

「そりゃ無理ですね」

稲垣

「そうしたらその日から脅迫が始まって」

拓三郎

「どんなやつでした？」

稲垣

「何か描くものを」

拓三郎

「草泉くん、ホラ、はやく紙とペン」

草泉

「裏にサインも書いて・・・」

拓三郎、草泉の頭をはたく。

拓三郎

「お願いします」

稲垣、草泉から紙とペンを貸り、青年の似顔絵を描く。

拓三郎

「先生と中居さんは、話をなさってるときに襲われたんですよね？」

稲垣

「ええ」

拓三郎

「それがどうもわからないんです。本番前にですね、あんなところで、いったい中居さんと何をお話しになってたんですか？」

稲垣

「実はね、彼は最近自信をなくしていたんですよ、自分の演奏に。それで、コンサートの本番前には必ず僕が勇気づけてあげてたんです」

拓三郎

「なるほど」

稲垣

「彼は楽団の創立メンバーでね、親友でした」

拓三郎

「お察しします」

斎藤、モアイ像を持って控え室に入ってくる。

斎藤

「指紋取り終わりました」

拓三郎

「どうだった」

斎藤

「バッチリです。おそらく犯人のものです」

拓三郎

「おつかれさん」

稲垣

「凶器が見つかったんですか？」

拓三郎

「はい。おそらく犯人はモアイを使ったと思われます」

稲垣

「モアイ・・・」

稲垣、立ち上がり、モアイ像を持っている斎藤に近づく。

斎藤、モアイ像を抱えたまま後ずさりする。

拓三郎

「よろしいですよ。もう指紋はとり終わってますから。どうぞお手にとって」

稲垣

「これで殴られたのか僕は」

稲垣、まじまじとモアイ像を見つめる。

拓三郎、稲垣の様子を見て斎藤と顔を見合わせる。

拓三郎

「先生、似顔絵の方は？」

稲垣

「こんな感じです」

稲垣、拓三郎に似顔絵を描いたメモ用紙を渡す。

そこには、口の大きな男の顔が描かれていた。

拓三郎

「草泉くん、これ、すぐあたって」

稲垣

「はい！がんばるぞー！」

張り切って出ていく草泉。

拓三郎、何か考えながらまた斎藤と顔を見合わせ、稲垣の方を見る。

廊下

草泉、似顔絵を見ている。

青年、草泉とすれ違う。

草泉、青年を呼び止める。

青年、逃げる。

追う草泉。

会場の一室

青年が尋問を受けている。

草泉

「お前がやったんだろ。脅迫状にはお前の指紋がついていた。凶器のモアイ像にもお前の指紋がついていた。お前が犯人だ！」

青年、黙っている。

草泉

「何か言ってくれよ」

拓三郎

「草泉くん、もういいよ」

草泉

「口の堅い奴だ」

ラーメン屋の出前持ちがやってくる。

出前持ち

「お待たせしました、アパッチ軒です」

拓三郎

「ああ、どうも」

草泉

「何ですか、これ？」

拓三郎

「お昼から何も食べてなくておなかすいちゃって」

出前持ち

「４５０万円です」

拓三郎

「草泉くん、払っといて」

出前持ち

「消費税込みでお願いします」

拓三郎、早速食べ始める。

青年、それを興味深そうに眺める。

拓三郎

「欲しい？」

青年、何も言わない。

拓三郎

「もしよかったら“ちょうだい”って言ってくれる？“ちょうだい”って」

青年、何も言わない。

草泉、物欲しそうに見ている。

拓三郎、草泉にコショウをふりかける。

草泉

「ひどいなあ」

草泉、我慢できずにくしゃみをする。

草泉

「はっくしょい！」

青年、それにつられるようにくしゃみをする。

青年

「あーしっす！」

拓三郎

「はい？」

拓三郎、それを聞いて何か閃く。

暗転

拓三郎

「えー、みなさん、事件は解決です。信じられます？くしゃみで解決です。犯人はこの青年ではありません。真犯人は、コンダクターの稲垣さんです。ヒントは、モアイ像と、これ」

拓三郎、コショウを手に取る。

拓三郎

「古畑拓三郎でした」

ステージ

拓三郎、一人ステージの上に立っている。

稲垣、ステージにやってくる。

稲垣

「古畑さん、一体これはどういうことです？」

拓三郎

「先生、ご足労おかけします」

稲垣

「できれば、そろそろ失礼したいんだが」

拓三郎

「実はですね、新しい事実が判明いたしまして。ぜひ、先生のご意見をと思いまして」

稲垣

「早く終わらせてくれよ」

拓三郎

「先生、これ、今日やるはずだったコンサートのパンフレットです。曲目が書いてあります。聞きたかったですね、この『子犬のワルツ』。私、大好きなんです。これ、ショパンですよね」

稲垣

「ええ」

拓三郎

「その他にも、ヨハン・シュトラウス二世《ワルツ『朝の新聞』》とか『メモリー・ワルツ』・・・全部ワルツです」

稲垣

「いけないですか」

拓三郎

「いえ、結構です、ワルツ私大好きですから・・・よければですね、次のコンサートには『星影のワルツ』、ご存じですか？」

稲垣

「それがなにか？」

拓三郎

「すいません、話ずれてしまいました・・・そう、これ。今回のコンサートの前のコンサートのパンフレットなんですけどね。曲目を見ると、こちらもすべてワルツになっています。ちなみに、その前のコンサートのパンフレット、これも、《ワルツ『ウィーン気質』》、ランナー『マリアのワルツ』・・・ワルツばっかりです」

稲垣

「古畑さん、わかんないな、何が言いたいんだか」

拓三郎

「つまりですね、先生の楽団は最近ワルツしか演奏なさってないんです」

稲垣

「だから？」

拓三郎

「曲は先生がお決めになると聞きましたが、どうしてワルツにそんなにこだわってるんですか」

稲垣

「それはな、ワルツが好きだからだよ」

拓三郎

「なるほど」

稲垣

「それで？」

拓三郎

「それは一旦ここに置いときましょう」

稲垣

「置いとくなよ」

拓三郎

「すいません、置かせてください・・・どこまで話しましたっけ・・・そう、私が中居さんの死体を見たときにピーンときたんです。なぜ犯人は中居さんのことを何度も何度も殴ったんでしょうか。なぜ一発で・・・一度で仕留めなかったんでしょうか。」

稲垣

「そうだなあ・・・よっぽど腹が立ってたんじゃないのか？」

拓三郎

「いや、違いますね。鑑識の結果によりますと中居さんは弱い力で何度も何度も殴られてるんです。つまり犯人は女性か、もしくは力の弱い男性、例えば右利きの人が左手で殴ったとか。それでピーンときたんです。ここでさきほどの話を戻しましょう。ハイ戻しました」

拓三郎、ポンと手を叩く。

拓三郎

「先生はなぜ最近ワルツにこだわっているのか、なぜ三拍子の曲ばかりお選びになるのか。その答えはきっとこうです。先生は、腕、あがらないんじゃないんですか？」

稲垣、ぎくりとする。

拓三郎

「ここまでは上げられても、ここまでは痛くて上げられない。その秘密を嗅ぎつけてしまった人物がひとりだけいました。それが、中居さんです」

稲垣

「何を言っているんだ。何を根拠にそんなバカなことを」

拓三郎

「そう、今の話はすべて私の想像です。でもですね先生、今までの話がでたらめかどうか証明する方法がひとつだけあるんです」

拓三郎、タクトを稲垣に差し出す。

拓三郎

「もしよろしければ、ここでトルコ行進曲かなんかを指揮してくださいませんか」

稲垣、ピアノの椅子に座る。

稲垣

「古畑さん、例えば、仮に僕の腕が上がらなかったことにしよう。しかし、なぜそれを僕は秘密にしなければならないんです。それが人を殺してまでも守らなければならない秘密なのか」

拓三郎

「いえ、問題はですね、腕が上がらなくなった理由です。草泉くん」

草泉、稲垣の鞄を持って舞台の袖から出てくる。

拓三郎

「先生、近頃、腱鞘炎らしいですね」

拓三郎、内ポケットから一枚の紙を取り出す。

拓三郎

「これ、病院から頂いてきました。診断書。腱鞘炎って書いてあります。大丈夫ですか？」

稲垣、顔を背ける。

拓三郎

「それでですね、この腱鞘炎の理由、それがきっとこれなんです」

拓三郎、しゃがみ込み、鞄を指さす。

拓三郎

「私がさっき楽屋で足を躓かせて持ち上げたとき、私ピーンときました。失礼します」

拓三郎、鞄を開ける。

拓三郎

「これ。（草泉に）こういうの高いんだろ？」

草泉

「欲しいなあ」

拓三郎

「欲しい？でも先生のだからね・・・先生、このマイボール」

拓三郎、鞄の中からボウリングの玉を取り出す。

拓三郎

「重いんでちょっと置かせていただきます」

拓三郎、ボウリングの玉を置き、立ち上がる。

拓三郎

「世界的にも有名なコンダクターがボウリングのやり過ぎでタクトが振れなくなったなんてマスコミに出たら、ファンの方は、そっぽを向いてしまいます。それと、どうして先生おっしゃってくださらなかったんですか？言ってくだされば草泉なんかすぐ飛んで行きましたのに」

拓三郎、ポケットから別の紙を取り出す。

拓三郎

「今朝ここに来る前にやってるじゃないですかボウリング。笹塚ボウルで３ゲームも」

草泉

「マジ？」

草泉、紙を覗き込む。

拓三郎

「えー、１ゲーム目が６２、２ゲーム目が５３、３ゲーム目が５０。（草泉に）下がってるよ。普通上がるよね？アベレージが・・・」

草泉

「５５！」

拓三郎

「５５です。先生、ハッキリ言わせてもらいますけど・・・ドヘタ」

稲垣

「たまたま調子が悪かっただけだ！」

稲垣、怒ってピアノの鍵盤を叩き、立ち上がる。

拓三郎

「調子が悪くても私と草泉はこれの倍は必ず出します」

稲垣

「ははは、それで僕が殺したとでも言えるのか？」

稲垣、態勢を立て直すように笑う。

稲垣

「そうだ、証拠を見せてみろ、証拠」

拓三郎

「証拠ですか？わかりました。お見せしましょう。草泉君」

草泉、ステージ裏からあの青年を連れてくる。

拓三郎

「証拠です」

稲垣

「こいつだ、こいつが犯人だ。こいつは俺を殴って中居を殺したんだ」

拓三郎

「はい、確かに凶器からも脅迫状からも、彼の指紋が発見されました」

稲垣

「だったら間違いない」

拓三郎

「いや、それは無理です。彼にそんな事は出来ません」

稲垣

「なぜ」

拓三郎

「実は彼、日本語が全然分からないんです」

稲垣

「なんだって」

拓三郎

「改めてご紹介しましょう。ペルーからお越しのシェサール・エルネスト・ロハス・ガルベス君です」

ガルベス、稲垣に微笑む。

拓三郎

「実はですね、彼、先生のコンサートを聴きに、わざわざ地球の裏側からおこしになったそうですよ。いやあ、取り調べ中も、彼、一言も話してくれませんでした。でもですね、一度、くしゃみをしてくれたんです。非常におかしなくしゃみなんですよ。草泉くん、お願い」

草泉、ガルベスにコショウをかける。

ガルベス

「あーしっす！」

拓三郎

「お聞きになりました？“あーしっす”。この“あーしっす”というのはですね、スペイン語で“はくしょん”ということなんです。実は私、テレビでスペイン語講座を見るのが習慣でして。ちょっとスペイン語にはうるさいんです」

うなだれる稲垣。

拓三郎

「ということで、彼はですね、日本語がぜんぜんダメなんです。話すこともできなければ手紙を書くこともできません。ましてや、脅迫状なんてもってのほかです。つまり、あなたが、嘘をついていたということになります」

稲垣

「人に書いてもらったかもしれないじゃないか。そうだ、誰かに書いてもらったんだ」

拓三郎

「まだお分かりじゃないようですね。問題はそんなことではありません。先生、あなた、彼と会ってお話をなさったと仰いましたね、その口で。ああそうか！先生、もしかしたらスペイン語がお得意で？でしたらですね、なんだったっけな先週やったの・・・そう、Que es esto?」

稲垣

「・・・もういい」

拓三郎

「今のは自白と考えてよろしいでしょうか」

稲垣

「いつから僕を疑っていた？」

拓三郎

「先生が凶器のモアイを手に取った時からです」

稲垣

「何かミスを？」

拓三郎

「はい。斎藤さん」

斎藤

「はい」

斎藤、凶器を持ってステージ裏から出てくる。

拓三郎

「凶器はモアイと聞いて私も鑑識の人間も最初はみんな、こちらだと思いました、斎藤さんっていうんですけどね。でも先生、あなたは最初からこちらを手にしました」

拓三郎、凶器のモアイ像を指さす。

拓三郎

「そう、あなたひとりだけが正しい方を選んだんです。凶器を使ったことがない限り見たことがない限り、こちらを選ぶことはできないと思います。普通だったら、モアイと聞いたら・・・」

拓三郎、斎藤の顔を見つめて微笑む。

斎藤、納得できない表情。

拓三郎

「（斎藤に）どうもありがとう」

拓三郎、ガルベスに話しかける。

拓三郎

「Muchas gracias（どうもありがとう）」

ガルベス

「No lo entiendo nada（何がなんだかさっぱりわかりません）」

拓三郎

「ああ、そうでしょう」

ガルベス、稲垣に歩み寄る。

ガルベス

「Tu musica es excelente」

拓三郎

「あなたの音楽は最高だと言っています」

稲垣、ガルベスと握手を交わす。

拓三郎

「先生のおっしゃったことは本当でしたね。先生の音楽に国境はありません」

稲垣

「・・・」

拓三郎

「でも、それが仇になってしまいました」

稲垣、静かに頷く。